5「気合い」

 そうか、今日は桃の節句か。娘に節句らしいことを今までしてこなかったなと、ちょっとした罪悪感が頭をよぎる。その娘は今日も朝から学校に行って自学、妻は一週間の買出しに行き、両親は畑で作業をしている模様。妙に静かな居間で、いつものノラ・ジョーンズとジャック・ジョンソンが連装された25年物のミニコンポ(まだ我が家では現役です)をかけ、パソコンを立上げた。何だか体が重い、先週末からのバタバタが響いているのだろうか。体力だけが自慢だったのに俺もそろそろ、と思いかけて慌てて否定する。

 先週末は、土曜日早朝まで野菜の仕分けをして、1時間程仮眠した後に名古屋に移動。道中は結局間に合わなかった日曜の講演に使う資料作り。到着後、妻と娘と3人で昼食を取った後、ホテルに荷物を預けて明日受験する大学の下見に行く。その後娘はホテルに帰り、妻と一緒に近隣の住居事情を見て回った。

 思った以上に時間がかかり(さすが名古屋、広いです)、19時過ぎにホテルに到着。そこから僕だけバタバタと静岡に移動。20時に静岡駅で息子と待ち合わせをしていたのだが、1時間到着が遅れることをメールで伝え新幹線に走った。汗だくで乗り込んだ新幹線の中で色んな事が頭をよぎった。偶然か必然か、母・娘は名古屋で、父・息子は静岡で同じ夜を過ごす。

 息子は静岡大学物理科の3回生、同級生のほとんどが大学院に進む中で彼は就職することを決めた。この日は東京でインターンシップに参加し、彼も東京から今日の夜帰ってきた。ちょうど名古屋に行くので久しぶりに会うかと言いつつ、本当は就活の気合いを入れるために場を設けた。一応、僕もその昔は学生の就活講座の講師などをしていたこともあり、それなりのアドバイスはできる。静岡駅の改札を出ると、息子が既に待っていた。

 結果的に親子で初のサシ飲み。ホテルでお勧めの焼鳥屋の情報を仕入れて街に出る。ほどなく見つけ、20席ほどのうす暗く少し煙った焼鳥屋の狭いテーブルで差し向かいになった。まずはビール、お父さんアルコールは大丈夫なの(弱いのをよく知っている、苦笑)と気遣いされてしまった。それから約2時間半、こちらが言わずとも、彼から今の状況を話してきた。今受けているのは金融機関。事業者を支援し、成功をサポートするような仕事がしたいという。自分の言葉でそれを語る姿を見ながら、僕が何か言う必要はないと思った。そして、そこに考えが至る過程で、僕がやってきたことが少なからず影響していることが分かった。良いも悪いもない、既に自分で立とうとしている息子に入れ知恵は不要。思う道で、今の自分で思いっきり勝負してみろ、アルコールが徐々に回ってくる自分を感じながら、何とも幸せな気分になった。いつか彼のような人材を自信を持って迎えることができる会社になりたいと強く思った。

 翌朝、静岡から名古屋に移動する新幹線の中で、娘から珍しく「行って来ます」とメールが来た。その直前にその日の朝広島に帰った妻から珍しく(というか初めて)別れ際に涙をこぼしたとメールが来ており、慌てて自信を持てだの平常心でなどとメールを返信したら、直後に「精一杯頑張ってきます」との再返信がきた。僕にはふっきれた娘の姿が見えた。

 人の心配をしている場合じゃないな、これから豊田市で行う自分の講演を心配しなくては。結果的に子ども達から気合いを入れ直してもらったようだ。今回本当はこの講演の話しを書こうと思ったのだが、、、それはまたいつか。

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