37「コンバイン」

秋晴れの気持ち良い一日、本日ようやく稲刈りが終わった。

最後に刈ったのは「恋の予感」。意味深な名前を付けられたこの米は、広島で開発されたまだ新しい品種だ。しっかりした食感で食味良好、倒れ難く出来る時期が遅いので、早稲のコシヒカリとセットにすると作業を分散できる。

これまで散々苦労してきたのをご近所さんは見ていて、快調に稲刈りする我々に「今日はええ塩梅じゃね」などと声をかけてくれた。「お蔭さんで」などと返しながら、この地もかなり人が入れ替わったなと思った。10年前にUターンして、ド素人の米作りを見るに見かねてあれこれ声をかけてくれた年配者の半分ほどは既にこの世にいない。あまり出歩かなくなった人もおり、ほとんど居なくなってしまったような感じさえする。乾いた秋風に吹かれながら、死について少し考える。自分がその時を迎えるのはあと何年だろうか、それまでに何ができるのだろうか、その直前はどんな状態で過ごしているのだろうか。

75歳の父は怪我をして以降、足が思うように動かず苦労している。それでも毎日畑に出て少しずつ作業をする。雨が降っても、やっぱり出る。17歳からずっと屋外で作業をしてきた父にとって雨だから休むという選択肢は持ち合わせていないようだ。畑仕事では先輩の母にあれこれ教わりながら結構色々な野菜を作り、小遣い程度は稼ぐようになった。

そんな父も、さすがに泥が深い田んぼは歩くのが困難で、今年これまでは稲刈りを手伝うのが難しかった。しかし今回は田んぼもきれいに乾き、父も参加することになった。コンバインは2台、義弟の克くんと僕が運転し、父・母・妻は刈り残しの手刈りや藁取りなどの小回り作業を担当。刈り取った米はコンバインに付属するタンクにある程度溜め込み、一杯になったら軽トラックの荷台に設置したトン袋に移す。トン袋が一杯になったら軽トラを運転し、乾燥調製してくれる施設まで持っていき移す。軽トラの運転は克くん、施設の往復には30分程度かかり、その間は父がコンバインを運転することにした。

久々にコンバインに乗る父の充実した顔。それこそ僕が帰ってくるまでは運転席は父の場所だった。僕に教えるかのように「このレバーはこう」「刈る高さはこう」「刈る速度はこのぐらい」と確認してから稲刈りを始めた。2台のコンバインが追いかけ合うように田んぼを四角く周回する。タンクが一杯になる時間と、軽トラが返ってくる時間がほぼ同じぐらいになり、結局父が最後までコンバインを運転した。

すこぶる順調に稲刈りは進み、予定の2時間前には終了した。その後、父と母と妻は畑に向かい、僕は家に帰り独り言に取り掛かった。

暗くなって帰ってきた父の「帰りました」の声がいつもよりはっきり聞こえた。晩ご飯はお好み焼きらしい。今日は僕もビールに付き合おうかな。

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