Vol.500「やりたいこと」

1月を除き、毎週書き続けてとうとう500回。始めたころ2人の子どもは小学生だったが今では社会人と大学生。すっかり大きくなった2人を思いながら、はて自分はどうなんだろうかと考えてしまう。最近お決まりの反省モードに自分でも食傷気味。考えても考えても出てこない答えに才を乏しさを思う。すべきこと・すべきでないこと、やりたこと・やりたくないこと、できること・できないこと、自らの考え・他者の意見。。。色んな2軸が錯綜して整理できずもやもやしている中で、しないといけないことは次々とやってきて何かに追われている感覚になる。

結局、自分が強く「やりたい」と思えることが無いのかも。いや、あったものが現実を突きつけられて揺らいでいるのか。東京で会社役員をしていた頃「将来につながる体験事業」をしたいと思い“しょうりき山里公園”を始め、beをしていた時に現在の「小規模農家の狭域野菜流通」の可能性を強く感じて“まごやさい”の事業化を行い、農吉からの「事業の再構築」の要請に強い意義を感じて役員を引き受けた。

その時々で、座ってられないほどの情熱と、こうしたいというアイデアが湧いてきて、それを必死に形にしてきた。その過程で迷いはほとんどなく、方法論の思考を重ねるのは楽しかった。

現実はどうだったか。体験事業は事業としては成立できず8年で休止、野菜流通は早くも踊り場状態で全国展開なんてはるか先の先、農吉は事業の整理止まりで成長戦略までは描けていない。パッチ処理的に打つ手は事業を大きく進めるまでには到底至らず、でもそれ以上の手が思いつかず、あれこれ指摘を受けると「課題の指摘なら誰でもできるわい」と毒づく始末。「こうしたら」と言われると途端に意欲が低下して手に負えない。書いていて、これって本当に自分なの?と自らを笑ってしまう状態。

いや、ここが変わるチャンスなのか。できない自分は過去、踊り場の事業も過去。過去は未来じゃない。変えるには、変わるには大きな刺激が必要なのか。身を包んでいる分厚い皮を破る機会に転化できるか。現在両事業で年間9000万円、0円から始めて500週を経てここまでは来た。思い描いていた姿からはほど遠いけど、でも0じゃない。事業を次の段階に進めるためにはおそらく金額以上の大きな段差がある。この段差を乗り越えられるかどうか、ここはやはり経営者の力に因る。成長するしかない。

乗り越えたときの喜びや楽しさを想像しながら。

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